これから作詞を始めようと思っている人、すでに作詞を行っている人のために
- 具体的な作詞の方法を実例を交えて紹介します
- 名曲を生み出すために必要なテクニックを紹介します
ほとんどの楽曲は、大きく分ければ3つの要素で構成されています。
それは、伴奏、メロディ、歌詞です。
名曲というのはこの3つの要素すべてが高いレベルで組み合わさって初めて名曲になります。
いま、名曲を生み出そうと思っているあなた。
そんなあなたのために、この記事ではいかにして「良い」歌詞を作るのかをわかりやすく解説しています。
名曲の歌詞を分析したり、実際に自分で作ってみた歌詞でリスナーの反応が良かった理由を考察したりして、僕がいままで実際に作詞をするうえで考えてきたことをすべてお教えしますよ。
テーマを決める
作詞をする(作曲する)上でまずあなたが最初にすべきことは、曲に込めたい意味、すなわちテーマを決めることです。
テーマを決めることは作詞において一番大事なステップなので、ここがブレると曲自体がブレます。
たとえば、あなたが名曲と思う曲を思い浮かべてみてください。
その曲はあなたの思いや感情を代弁してくれたかのような曲ではないですか?
曲のテーマとはあなたとリスナーをつなぐとても大切な役割を果たすもので、そのテーマがリスナーの抱いている思いや感情と重なって「共感」を得たときにその曲がリスナーに「伝わる」のです。
じゃあどのようにテーマを決めればいいのか、というと大事なことが3つあります。
それは
- テーマは1つにしぼること
- あなた自身が抱いた心象であること
- 一般化すること
です。
1. テーマは1つにしぼること
曲で伝えたい意味・メッセージ・イメージは一曲につき1つだけにしておきましょう。
なぜテーマは1つにしぼったほうがいいのか、理由がよくわかるこんな話があります。
(前略)たとえば200人の参加者に対して、伝言ゲームをやってもらう。
まず、「白いうさぎ」と最初の人に耳打ちして、200人に耳打ちでリレーしてもらう。(中略)ほぼ最後の200人目から「白いうさぎ」という答が返ってくる。この場合「うさぎ」の特徴を表す形容詞は「白い」のたった1つだからだ。
次に、「甘くて赤くておいしいリンゴ」と耳打ちすると、これがおもしろいくらい伝わらない。200人の伝言ゲームを経るとすっかり変化してしまう。一度など「暴れる若いライオン」になったこともある。
「リンゴ」に対して3つも良いところを伝えようとして、リンゴであることすら失われて伝わってしまうのだ。
(引用元 : 『読みたいことを、書けばいい』 田中泰延)
つまり、伝えたいことが1つだけだと伝わりやすいのに、2つ以上になると2つどころか1つも伝わらなくなるのです。
親友の彼女と恋に落ちたけれど親友にも縁を切られてお前とも連絡が取れなくなった。でもマッチングアプリをはじめたら出会えてまた恋に落ちた。マッチングアプリが一番出会える。俺は冷静。
なんていうラブソングがあったら、何が言いたいねん、って思いますよね。
ちなみにこれはお笑い芸人のニューヨークというコンビが2019年のM-1グランプリで披露した歌ネタの歌詞で、僕は結構好きなんですけど。
もしこの曲をちゃんとリスナーに伝わるようにしたいのであれば「マッチングアプリが一番出会える」というテーマにしぼる必要があります。
そうすれば、マッチングアプリで出会ったリスナーにグサッと刺さる曲を作ることができます。
2. あなた自身が抱いた心象であること
あなたが決めるテーマはあなた自身が抱いた心象、つまり、あなた自信が考えたことや感じたことでなければなりません。
そうでなければ、そのテーマに説得力が出ないからです。
マッチングアプリの知識が豊富で実際にマッチングアプリで出会いまくっているAさんと、マッチングアプリのことを全然知らないし実際につかったこともないBさんがいるとします。
どちらが「マッチングアプリが一番出会える」と言ったら説得力があるかといえば、それは間違いなくAさんの言葉のほうが説得力がありますよね。
歌詞自体は創作であっても全く問題はありませんが、そこに込められるテーマはあなた自身が抱いた心象でなければリスナーには伝わらないのです。
3. 一般化すること
テーマを決める際に気を付けなければいけないのが、あまりにも個人的でひとりよがりなテーマはリスナーに受け入れられにくい、ということです。
先にも述べましたが、曲が伝わるという過程にはほとんどの場合「共感」があります。
むかし僕は「仕事がつらい・オフィスに向かうのがつらい」というとても個人的なテーマで曲を作ったことがありますが、ほとんど共感を得られませんでした。
なぜなら、そのテーマは仕事をしていない人や仕事が辛くない人には全く関係のない話だったからです。
つまり、その曲で僕がいいたかったことはリスナーがききたいことではなかったんですね。
あまりにも漠然としすぎたテーマだと今度は逆に焦点の定まらない曲になってしまいますが、多くの人が共感できるくらいのレベルまでテーマを一般化することの重要性は心に留めておく必要があります。
一般化する、という言葉をもう少し具体的にいえば、個人的な体験で抱いた心象を、だれしもが感じるであろう感情や思いにまで翻訳する、という風にもあらわせます。
もしいま僕が作った仕事の曲を手直しするのであれば「辛いことが続いてもふといいことに心が救われる」というテーマにするでしょう。
それは僕がいいたかったことでありながら、リスナーがききたいことでもあるのです。
ちなみに、テーマと違って歌詞自体は具体的なストーリーであっても問題ありません。
微妙なニュアンスの違いですが、「辛いことが続いてもふといいことに心が救われる」というテーマのもとでサラリーマンの日常を描いた歌詞を書くことは結構アリなんです。
中心に据えられているテーマさえ共感を得られるものであれば、歌詞自体が具体的であっても多くの人に共感を得られる曲になる、というのが作詞の面白いところですね。
要するに「その立場になればリスナーもおそらくそう感じるであろう」ということをテーマにすればいいのです。
テーマの決め方のまとめ
テーマを決めるということは、作詞をするうえでとてつもなく大事な部分なので常に意識しておいてください。
- いちばん伝えたい重要なメッセージはひとつだけにする
- あなた自身が感じたこと、考えたことをもとにする
- あなたがいいたいことであり、リスナーがききたいことにする
ここで、名曲と名高い曲のテーマを分析してみましょう。
「若者のすべて」 フジファブリック (詞:志村正彦)
《テーマ》 夏の終わりの懐かしいような寂しいような、それでいてすがすがしいような感傷的な気持ち
志村さんが故郷である山梨県で抱いた心象を歌った曲で、誰しもが抱く夏の終わりのムズッとした気持ちがテーマとなっています。
「彩り」 Mr. Children (詞:桜井和寿)
《テーマ》 日常は彩りに満ち溢れているということへの気づき
桜井さんが家族と過ごす日常を思って書いた曲で、誰しもの日常が目を凝らして見てみれば彩りに満ち溢れている、という普遍のテーマとなっています。
思い浮かべる情景を描く
テーマを決めたら次には、その曲を歌ったとき・聴いたときに呼び起こされる情景をイメージとして絵に描けるくらい強く思い描いてください。
細部まで描写できるくらいに細かく思い描くのがいいです。(何時ごろか?天気は?気温は?など)
そうして情景を強くイメージして書いた歌詞(もしくは情景を浮かべながら歌った曲)には、リスナーにも似たような情景を思い描かせる力があります。
名曲というのは「画が浮かぶ」とよく言われますが、「画が浮かぶ」曲はより深くリスナーの共感を呼んで心に届きます。
耳からの情報だけでは聴覚しか刺激しませんが、リスナーの中で情景が思い浮かべられたとき、そのイメージは聴覚だけではなくバーチャルにその他の五感も刺激することになるのです。
ここでも名曲を分析してみましょう。
「若者のすべて」 フジファブリック (詞:志村正彦)
《情景》 夏の終わり、今年の夏の最後の花火が終わってしまった瞬間
「彩り」 Mr. Children (詞:桜井和寿)
《情景》 家族や友達と過ごして笑い合っている瞬間
ストーリーをつくる
テーマも決まった、情景も思い浮かべた、となったらいよいよ作詞に入りましょう。
ここから散文のように歌詞を書きはじめてもいいのですが、歌詞を書く前にまずは歌詞の背景となるストーリーをテーマと情景に沿って作ることをオススメします。
ストーリーが背景にあることによって、歌詞にグッと深みと一体感が出ますし、ストーリー自体が良いものであればそれだけでリスナーの感情を動かすことができます。
さらに、結果的に散文的に歌詞を書くことになったとしても、裏側にストーリーがあることで調和の取れた歌詞を書くことができるのです。
「若者のすべて」 フジファブリック (詞:志村正彦)
《ストーリー》 何年か越しの思いを抱えたまま、また今年も夏が終わろうとしている。僕の心は季節の変わり目のように落ち着かずグラついていた。会えないと思っていた君にまさか会えたのに、言おうと思っていた言葉がなかなか出てこない。でも、この夏の最後の花火が終わったら、なにかが変わるかもしれない。
ストーリーだけを読んでも、感傷的ながらにしてどこか爽やかな、夏の終わりのような気持ちになりますね。
「若者のすべて」のストーリーが秀逸なのは、相手の性別が「女性」であるとか何年か越しの思いが「恋心」であるとかいうことを明言していないことによって、解釈に広がりを持たせている点です。
「彩り」 Mr. Children (詞:桜井和寿)
《ストーリー》 毎日仕事に行く。単純作業の繰り返しに飽き飽きしてはいるが、だからといってこの仕事に誇りがないわけでもない。飲みに行って同僚と世の中について議論を交わすこともあるが、そんなことをしても劇的に日々が変わるわけでもない。それでも、家に帰れば家族がいる。幸せだと思う瞬間がある。ただいま、おかえり。日常には彩りが溢れている。
仕上げる
ここまできたら、あとは(やっと?)歌詞を書くだけです。
テーマを意識しながら、情景を浮かべて、ストーリーを語るように、歌詞を書きましょう。きっとすらすらと言葉が出てくるはずです。
え?いい歌詞が思い浮かばない?書いてはみたもののなんかしっくりとこない?
そんなあなたのために、最後は歌詞を仕上げるためのテクニックをいくつかご紹介します。
メロディを重視する
詞先で曲が出来上がることもあるでしょうが、ほとんどの場合は曲先で作詞をすることになります。
その場合、必ず曲のメロディに言葉が乗った時の、音・抑揚・リズム・語感のバランスを意識してください。
作詞においてなによりも大事なのが、曲の中で音として聴いたときに言葉が気持ちよくスッと入ってくるかどうかですので、詩として美しいかどうかはあまり重要ではありません。
ここは絶対に2文字だな、とかここの母音は「u」だな、といったメロディに乗せた時の言葉の気持ちよさを最優先させてください。
ひっかかりをつくる
一曲の中に1つか2つはひっかかりの残る言葉(キラーワード)であったり言い回し(キラーフレーズ)を使いましょう。
リスナーは何かひっかかりがある言葉を聴くと、「おっ」と思ってその曲自体に「なんか気になるな」と興味を持ちます。
たとえば「君が誰かの彼女になりくさっても」という名曲があります。
この曲が「君が誰かの彼女になっても」であれば、ここまでの名曲にはならなかったでしょう。
こういった「ちょっとなんかひっかかるな」という言葉や言い回しは入れすぎるとクドくなりますが、歌詞の中に1つはあったほうが印象に残る曲になりやすいです。
「オドループ」 フレデリック (詞:三原康司)
カスタネットがほらたんたん たたたたんたたんたんたたんたん
「私以外私じゃないの」 ゲスの極み乙女。 (詞:川谷絵音)
私以外私じゃないの
「マシマロ」 奥田民生 (詞:奥田民生)
マシマロは関係ない 本文と関係ない
全部言わない
こと曲の歌詞においては、説明をしすぎたり細かく描写しすぎたりすることは避けたほうがいいことが多いです。
あえて全部を言わないことによって解釈をリスナーにゆだねる余白を作ったほうが面白みが生まれるんですね。
例えば、以下の二つの文章を読んでみてください。
(A)街を歩く。ふと、立ち止まる。あわい色が視界を埋める。もうそこまで春が来ている。
(B)週末の昼間、街をひとり歩く。3月なかば、気温も上がってきた。ふと、アパレルショップで売りだし初めていた薄めの春コートに目がとまる。そうか、もうそこまで春が来ている。
同じテーマ、同じ情景、同じストーリーで書かれた文章ですが、(A)のほうが読んだときに受け手側の想像が膨らみませんか?
本一冊分の文字量でストーリーを語れる小説であれば(B)の文章のほうがより物語に具体性を持たせることができます。
しかし、曲の歌詞というのは数分そこらの短い文章で小説やドラマと同じくらいのストーリーをリスナーの中に想起させなくてはいけないため、どうしてもリスナーの想像力やリスナー自身の体験に頼らざるをえません。
その際、細かい描写をしたり説明をし過ぎたりするとリスナーのなかで想像が膨らまなくなってしまい、結果としてリスナーから共感を得られなくなります。
裏にあるテーマ、情景、ストーリーは具体的であるほうがいいのですが、実際の歌詞は「言い過ぎない」ことを心がけると、グッと締まったものにすることができますよ。
母音を合わせる
特に日本語の作詞をするうえでとても大事なのが母音への意識です。
母音に関してはいくつか細かいテクニックがあるのですが、いちばん簡単でいちばん効果的な手法が、語尾の母音を合わせること。
ためしに、あなたが名曲だと思う曲をもう一度歌詞を眺めながら聴いてみてください。
一節ごとの母音がそろっていたり、やたらと語尾が「あ」や「え」の母音で終わっていたりしませんか?
歌詞の一節一節の語尾がそろっていれば歌詞にリズムが生まれて、とても耳に心地よく聞こえるのです。
その中でも特に「あ」と「え」の母音は聴き心地が抜群なので、とても多用されています。
一青窈さんの名曲「もらい泣き」で「ええいああ」という歌詞がありますが、これが「ううおいい」だったらどうですか?
「こいつ大丈夫かな?」って思いませんか?
シャウトで「Ah(アー)」や「Yeah(イェー、エー)」がよく使われるのは「あ」と「え」が特に心地よく感じる音だからです。
作詞を始めたころはこういった母音の使い方をあまり意識しなのですが、いい曲を作りたいのであれば、母音に対する意識を持つことがとても大事です。
曲における歌詞というのは結局のところはメロディが大事なので、言葉への意識よりも言葉の持つ音への意識が重要なんですね。
例えばフジファブリックの「若者のすべて」でも、一節一節の語尾がほとんど「あ」と「え」で揃えられています。
「若者のすべて」 フジファブリック (詞:志村正彦)
《Aメロ》a, a, a, a, u
「去った」「言ってた」「街は」「ような」「している」
《Aメロ》a, a, a, e, e, a, i, e
「夕方」「チャイムが」「なんだか」「響いて」「運命(エーィ)」「便利な」「ぼんやり」「させて」
《サビ》o, i, o, a, n, o, e, a, a, a, e, a, a, a, e, o
「最後の」「花火に」「今年も」「なったな」「何年」「たっても」「思い出して」「しまうな」
「ないかな」「ないよな」「きっとね」「いないよな」「会ったら」「言えるかな」「閉じて」「いるよ」
せっかくなので、僕が母音の使い方がエグいな!(いい意味で)と震えた曲を2つ紹介しておきます。
「空中裁判」 日食なつこ (詞:日食なつこ)
ほとんど母音の語尾が「あ」と「え」で終わります。特にサビが圧巻です。
「花の名」 BUMP OF CHICKEN (詞:藤原基央)
サビの頭の「あなたが花なら」はすべて母音が「あ」です。
すごくないですか?天才現れたわ、と思いました。
裏技を使う
歌詞を作るうえで必ずしも覚えておかなければいけないことではないですが、知っていると作詞の幅が広がるテクニックを「裏技」と称していくつか紹介します。
「裏技」と言ってはいますが、ここで紹介するものも立派な作詞のテクニックなので、覚えておいて損はないですよ。
ぜひとも試してみてほしいテクニックばかりです。
韻を踏む
韻を踏むとは、違う言葉やフレーズを使いながら同じ音を入れ込むことを言います。
ラップやヒップホップで主に使われる手法ですが、ロックやポップスなどでも頻繁に取り入れられている手法です。
わりと一般的に知られたテクニックですが、効果的に盛り込むと曲に心地よいリズムを生み出すことができますよ。
「名もなき詩」 Mr. Children (詞:桜井和寿)
Oh Darlin 君は誰
Oh Darlin 僕はノータリン
でもDarlin 共に悩んだり
Oh Darlin このわだかまり
Oh Darlin 夢物語
「いつか」 Saucy Dog (詞:石原慎也)
坂道を登った先の暗がり
地べたに寝ころんじゃうあたり
あぁ君らしいなって思ったり
2人の物語
2人でひとつの傘を差したり
ブランコに乗り星を眺めたり
いつも君が走って押すくだり
君の隣
字数を合わせる
メロディに言葉を合わせると自然と節ごとの文字数がそろってくるのですが、そこを意識的に字数を合わせることも覚えておきたいテクニックです。
たとえばMONGOL800の大ヒット曲「小さな恋のうた」はこの字数を合わせるテクニックが効果的に使われていることによって、耳に心地よいリズムが生まれています。
ためしに、歌詞の字数を一節ごとに数えてみてください。
Aメロ、Bメロはすべて7文字、サビはほとんど8文字、Cメロは10文字で作詞されていることがわかりますね。
固有名詞を使う
固有名詞は歌詞に具体的な意味を持たせる一方で、歌詞の世界観や情景を限定して狭めてしまう可能性ももっています。
しかし効果的に使うことができれば、リスナーからの共感を失うことなく固有名詞特有の面白みや味わい深さを歌詞に加えることができるのです。
固有名詞を歌詞の中で使うかどうかは好みも分かれるところで、歌詞の中で固有名詞をよく使うアーティストもいればほとんど使わないアーティストもいます。
僕のなかでは、特に椎名林檎とかくるりとかが固有名詞をよく使っているイメージですね。
特に、椎名林檎のファーストアルバムにして最高傑作の「無罪モラトリアム」は固有名詞のバーゲンセールで、固有名詞が一切出てこない曲が11曲中1曲(「幸福論」)だけです。もうね、やりすぎ。
椎名林檎の超名曲「丸の内サディスティック」に関しては、一行に一つは固有名詞があるくらいです。
例えば「無罪モラトリアム」一曲目の「正しい街」で出てくる”百道浜”や“室見川”は椎名林檎の故郷である福岡県福岡市の地名ですが、この固有名詞の使い方がめちゃくちゃ効果的です。
この曲では曲の終盤、いわゆるCメロで初めて固有名詞が出てくるのですが、対してこの曲のタイトルでもありモチーフともなっている“正しい街”や”此の街(このまち)”については固有名詞はあてられていません。
サビで出てくる”空港”も間違いなく福岡空港であるはずなんですが、ただの”空港”として歌われているんですね。
これによって、リスナーそれぞれの”正しい街”を思い起こさせて共感を呼ぶことができますし、その共感があるからこそ、作詞者のパーソナルな”百道浜”や”室見川”への想いとリスナーそれぞれにとっての”百道浜”や”室見川”への想いが効果的に重なるのです。
オマージュは正義
どうしてもアイデアが出てこないときは、自分が好きな作品をモチーフに作詞するという手もあります。
曲であったり、詩や小説、はたまた絵やドラマから影響を受けて作詞をしてしまうんです。
オマージュはパクリとの線引きがあいまいなことから避けてしまいがちですが、世の中の芸術作品はあなたが気づいていないだけで実はオマージュだらけ。
あなたが何かから感動したその感情が本物ならば、堂々とオマージュしてもいいのです。
「オマージュ」という言葉はもともと尊敬や敬意、賛辞といった意味になります。
元ネタへの敬意を忘れずにその作品に応えるようないい作品を作ることは、とても素晴らしいことなんですよ。
例えば、ハンバートハンバートの「虎」という曲を紹介します。
これまた僕も大好きな超名曲なんですが、この曲の歌詞は中国の「人虎伝」という故事をもとにした中島敦の小説「三月記」にインスパイアされて書かれたものです。
小説のあらすじを簡単に書くと以下のようになります。
主人公である李徴は若くして官僚になった秀才でしたが、彼はやがて官僚を辞めて詩人となり名声を得ようとします。
しかし、詩人としてはまったく成功せず、仕方なく官僚に戻った彼を待っていたのは、かつてバカにしていた同僚が出世して自分の上司となる、という屈辱的な現実でした。
プライドを砕かれた彼は、ある日発狂して虎になってしまいます。
人としての意識と虎としての意識が混ざるなかで旧友と出会った彼は、旧友にこう語ります。
「己の中の人間の心がすっかり消えてしまえば、恐らく、その方が、己はしあわせになれるだろう。だのに、己の中の人間は、その事を、この上なく恐しく感じているのだ。」
やがて彼は、完全な虎になって姿を消してしまいました。
そんな小説を受けて、ハンバートハンバートの「虎」では以下のようなことが歌われています。
「虎」 ハンバートハンバート (詞:佐藤良成)
人の胸に残るような そんな歌がつくれたら
負けた負けた今日も負けだ 光ることば見つからない
酒だ酒だ飲んでしまえ 虎にもなれずに溺れる
山月記の主人公である李徴とこの「虎」の主人公を重ね合わせながらも、結末を真逆にして対比させているんですね。
歌詞の考察は本題からズレるのであえてしませんが、ここにオマージュの面白さがあります。
それは、元ネタがわかる人にとってもわからない人にとっても新鮮な発見がある、という面白さです。
元ネタがわかる人にとっては、元ネタとの共通点や違いを探す楽しさ、元ネタを通してどういう表現をしたかったのかを考える楽しさがあります。
元ネタがわからない人にとっては、「なぜ虎なんだろう」という疑問が元ネタにたどり着いたときに解決する、という爽快感があります。
たとえ元ネタにたどり着かなかったとしても、モチーフがしっかりしているのでまとまりのある歌詞として聴こえますよね。
たとえオマージュで作詞をしたとしても、パクリでなければ、心配せずともあなたのオリジナリティはしっかりと曲に宿りますよ。
名曲を生み出すための歌詞の作り方まとめ
本記事は「【歌詞の作り方教えます】名曲を生み出したくなったあなたが読むべき作詞の教科書」について書きました。
作曲と違って作詞については「とりあえず何となくでも書いてみましょう」で誰でも書けるものですが、その実、しっかりと作ろうと思うととても奥が深いものです。
名曲を生み出すためには、正直テクニックだけではない部分(衝動や強い思い、ふっとしたひらめきなど)が必要にはなってきます。
しかし逆に、しっかりと歌詞にまとめ上げる考え方やテクニックがなければそういったひらめきなんかが無駄になってしまうことさえもあるんですね。
そうなると、すごくもったいない。
この記事に書いてあることを参考にしながら、名曲の分析をしたり実際に作詞を通して実践をしたりして、いつかは名曲を生み出しましょう。
ここまで読んでいただき、どうもありがとうございました!